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聖書の愛について

こんにちは、幸せ天使です。

先日知人の結婚式に出席いたしました。
最近では(もう随分前から?)キリスト教徒ではなく
ても、キリスト教式で挙げられる方が多いですね。

キリスト教式の結婚式で必ずといっていい程、聖書
から引用される部分があります。それは、コリント
前書13章の

愛は寛容にして慈悲あり、愛は妬まず、
愛は誇らず、高ぶらず、非礼を行わず、
己の利を求めず、憤らず、
人の悪を思わず、不義を喜ばずして、
まことの喜ぶところを喜び、
おおよそ事忍び、おおよそ事信じ、
おおよそ事望み、おおよそ事耐えうるなり
愛はいつまでも絶ゆることなし

という部分です。この後半部分の、「おおよそ(凡そ)」
というのが付いている4つところが、訳によっては
「全ての」になっている場合もあります。

しかし、私はこの部分は「おおよそ」という訳の方が
好きです。なぜなら、忍んだり、信じたり、望んだり、
耐えたりするのは、他人や周りの環境に対してで
あって、自分ではどうしようもない時があるからです。

前半部分の妬まなかったり、誇らなかったり、高ぶら
なかったり、非礼を行わなかったりするのは、自分が
しなかったらよいだけです。

自分ではどうしようもない事に対して「おおよそ」とつ
いていることによって、

他人は変えられない、変えられるのは
自分(の考え方)だけ


という、法則について言い得ているように感じます。
また、「全ての」事を信じたり、耐えたりすると普通の
人には心や体が持たないのではないでしょうか。自分で
コントロールできないものは、全て我慢せずに手放せば
いいんです。

英語訳をみると、alwaysという表現がよく使われていて、
「全ての」の表現に近いですね。それでも、私は「おおよそ」
が好きなんです・・
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